大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)4758号 判決 1960年3月31日

原告 桜井克巳

被告 大商証券株式会社

主文

一、被告は左記株式につき原告名義に名義書換の手続をなせ

大商証券株式会社 株式四千九百株四十九枚(明細次の通り)

株券名義人 株券の記号及番号  一株金額 株券種類  枚数

太田栄一 よ一八六三乃至一八八七 五十円  百株券 二十五枚

〃   の三六九三乃至三七一六  〃    〃  二十四枚

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求の原因として原告は昭和三十四年二月二十日頃訴外佐々木光雄から被告会社の発行した別紙目録記載の株式を訴外太田栄一の白地式裏書のまゝ譲受けその引渡を受けた。

従つて原告は適法に右株式を取得したものであるから同年三月中旬被告会社に名義書換を請求したところ被告会社は理由を明示せず暫時待つて欲しいというのみで原告の請求に応ぜず遂には書換を拒絶するに至つたので本訴に及ぶと述べ

当裁判所が陳述したものとみなした被告の答弁書記載の抗弁事実に対し次の通り述べた。

被告は原告の名義書換を拒絶する理由として

(1)  原告が本件株式の実質的権利者なることの立証をしなかつた。

(2)  被告会社に対し訴外太田栄一から株式名義書換禁止の仮処分がなされている。

ことを主張するのであるが

原告は訴外佐々木光雄から本件株式を訴外太田栄一の白地式裏書による譲渡方式のまゝ譲受けたのであるから株券の所持人たる原告は法律上本件株式の正当な権利者と推定される。従つて裏書の効力として権利移転と資格授与的効力を有するから原告は被告会社のいうまゝに実質的権利の存在を立証する必要がない。しかも原告は本件株式につき曾て如何なる紛争が存したか全く預り知らないのである。従つて被告会社が原告の株主たる資格について法律上の推定に及して名義書換を拒絶するためには被告会社に於て原告が無権利者である立証をなすべきであるのにその立証をなし得る合理的な見地と根拠もないのに漫然と名義書換を拒むのは不当である。

被告会社は本件株券は裏書人としての記名を缺いているというが仮にその通りであつても記名の補充権は株券と共に移転し株券を取得したものが補充権を取得するものと解されるから白地式裏書に於て最後の譲渡人が記名を補充しないで会社に名義書換を請求したときはその補充権を会社に委託したものというべきであるから会社は記名を補充して名義書換をなすべき義務があつて裏書人の記名欠缺を理由に名義書換を拒むことは許されない。

被告会社は訴外太田栄一から名義書換禁止の仮処分がなされていることを理由に原告の名義書換を拒絶するが株式の名義書換は株主権行使の前提に過ぎないのであつて株式譲渡に関する対抗要件ではなく適法に株式を取得した者のみが名義書換請求権を有するのであるから株式の譲受人が株券を呈示して書換を求めた場合株式発行会社は名義書換に応ずる義務があつて拒絶することは許されない。従つて一般的に株式の名義書換を禁止する仮処分は訴訟上有効に存在してもその内容上の効果を伴わない無効の決定であるから右仮処分の存することを理由に会社は名義書換を拒むことは出来ないのである。

然かも被告会社のいう仮処分決定は林一夫よりの名義書換に応じてはならないという命令で原告に対しては何等効力は及ばないのである。

尚原告は被告が答弁書に添付した書証の写について各原本の存在を争わず乙第一、二号証は知らない乙第三、四号証は成立を争わないと述べた。

被告は合式の呼出を受けたが本件各口頭弁論期日に出頭しなかつたが最初の口頭弁論期日に陥述したものとみなされた答弁書によると原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め被告の主張として本件株式について発行会社たる被告会社は昭和三十三年一月九日付を以て名義人太田栄一から、次で同年二月二十六日付でその父太田栄太郎から告訴中のものに付名義書換停止方の申出を受けたので事故株券として注意しおりたるところ昭和三十四年三月頃原告の住所地と同一地番の桜井啓司方林一夫から名義書換の請求があつた。(原告は右日時に原告が名義書換を請求したというが右は誤で原告と同一住所の林一夫である)被告会社は株式名義人から詐取を理由に名義書換停止の申出を受けていたので林一夫が善意の第三者として適法に譲受けたか否か明でないので判断の資料として必要最小限度の株式売買経路を証する売買証明書の提出を求めたが提示せず更に株券裏面には単に太田の捺印があるのみで裏書人の記名もないから一応その書換を拒んだのである。

被告会社は無事故の株券については裏書人の捺印のみで譲渡されたものでも名義書換に応ずることがあるけれども本件の様な事故株券については形式の完備即ち裏書人の記名を求めることは発行会社として当然の措置である。

被告会社としては本件の如きに介入することを欲せず当事者間で解決せられることを望み林の代理人と考えられる豊栄証券株式会社々員北島淳蔵に対し示談をすゝめると共に太田に対しては正当手段により名義書換請求あらば発行会社として拒否し難い場合がある旨通告したところ同人は大阪地方裁判所に仮処分の申請をなし昭和三十四年五月八日同裁判所は「被申請人(被告会社)は林一夫よりの名義書換の手続に応じてはならない」旨の仮処分決定を受けた。

然るに昭和三十四年九月三十日原告から本件株券の名義書換方の請求を受けたが原告の住所は右禁止を受けた林一夫の住所と同一であつて林名義では仮処分を受けておるためこれを免れんとして形式的に名義を換えて請求したものと当然推察されたのみならず前述の通り売買証明書裏書人の記名も欠けているから被告会社はその書換を拒んだのである。

証券会社の株式は証券取引所に上場せられず又店頭取引も殆んどない状態であるから被告会社もその例にもれず殊に本件株式は書換停止の仮処分を受けている林一夫から原告が他の一般株式と同じく売買したものとは到底考えられないので原告の請求に応じられないというに在つて書証として太田栄一、太田栄太郎の書状(乙第一、二号証)被告会社より太田栄一宛内容証明郵便(乙第三号証)仮処分決定正本(乙第四号証)の各写を添付してあつた。

理由

当事者弁論の全趣旨を要約すると本件の事実関係は次の通りである。

本件株券は被告会社の発行したものでその名義人は訴外太田栄一となり居るところ被告会社は昭和三十三年一月及二月の再度に亘り右訴外人及その父から本件株券は詐取せられ告訴中のものなる故名義書換の請求が出ても応じないで欲しい旨の申出を受けおりたるところ昭和三十四年三月頃原告と住所を同じくする訴外林一夫から名義書換の申出があつた。被告会社は右裏書が単に訴外太田の捺印があるばかりで太田の記名もなかつたので訴外太田から申出もあつたから入手経過を証する売買資料の提示を求めたが同人が応じなかつた為一応その申出を拒絶したのであるが訴外太田栄一はその後被告会社を被申請人として昭和三十四年五月八日大阪地方裁判所から「被告会社は林一夫よりの名義書換手続の請求に応じてはならない」旨の仮処分決定を受けたところ同年九月三十日今度は原告が被告会社に対し名義書換を請求するに至つた。被告会社は原告の住所が林一夫と同一であるため仮処分を免脱せんとして形式的に名義を換えたものと認めて再び之を拒絶したので原告は本訴に及んだ。

この様な場合株券の名義変更請求を受けた発行会社は名義書換を拒否し得るか或は如何なる処置をとるのが相当であるか。以下当事者の主張を追つて考察する。

株式は従来記名式たると無記名式たるとを問わず有価証券として譲渡性を有するものとせられ株式の有する経済的価値に重点があつて株式により表示される株主たる特定人の比重が低いところから一般流通性を持ち殊に近時一般株式市場に於て売買せられる外投資利殖の方法として売買せられる様になつてその流通性は一層顕著となるに至つた。従つて従来もその譲渡方式については白地裏書又は白紙委任状添付により記名株式の譲渡が出来白地の程度についても裏書人の捺印さえあれば譲受人に補充権ありとし補充しないまゝ名義書換を求めても取得者は会社に補充を委託したものとすることが商慣習法上、判例法上認められていたが改正商法第二百五条は記名株式の譲渡は株券の裏書と交付で足りその裏書は白地で差支なく株券の占有者は右裏書によつて其の権利を証明するときは適法の所持人と看做することを明定した。従つて会社は単に譲渡人の捺印されあれば記名なき故を以ては書換を拒み得ないものと解するのが相当である。

然かし記名株券の譲渡行為に無効事由が存在するときは譲渡人がその権利を喪う理由がないことは白地裏書の場合でも同一であるから本件について考えると被告会社は昭和三十三年一月九日、同年二月二十六日の再度に本件株券の名義人である訴外太田栄一その父太田栄太郎から告訴中の故を以て本件株券の名義書換停止方の申出を受けていたがその申出の趣旨は答弁書添付の右書状写によると訴外太田は訴外山太商事株式会社に取引の証拠金として本件株券を預入しておいたのに建玉せず返還を求めたが応ぜず告訴中だというに在るから本件株券は一旦は任意で訴外山太商事株式会社に交付されたもので訴外会社に詐取されたというに過ぎないから当然の無効事由とはいゝ難く善意の第三者には対抗出来ないというべきであるが予て訴外太田から右申出を受けていた被告会社が昭和三十四年三月頃訴外林一夫(原告は訴状に於て原告自身要求した様に主張しているが弁論の全趣旨から原告と同一住所の林一夫であつたと認める)から本件株券の名義書換請求を受けたので事故株として売買経過を証する売買証明書類の提示を求めた措置は一応当然であつて訴外人がその提示を拒んだので被告会社も書換を拒否した事情は首肯出来ないこともないけれども現行商法第二百五条は記名株式は株券の裏書によりなし得その裏書は白地にて差支なく裏書ある株券の提示によりその権利を証明すれば占有者は適法の所持人と看做されるのであるから被告会社としては真の所持人なるや否の調査権はあるとして右の範囲は自ら裏書の有無程度に限定されると認むべきである。然し乍ら名義書換を求める者も正常な所持人である以上売買証書の如き資料提出を求められたら進んで提示納得させる雅量が望ましいけれどもその提示がないとしても会社は名義書換を拒否することは商法第二百五条の解釈としては許されないという外ない。

次に原告は昭和三十四年九月三十日被告会社に本件株券の名義書換を求めたところ訴外会社は訴外太田栄一から名義書換禁止の仮処分がなされている故を以て拒絶した。然し乍ら適法に株券を取得した者は名義書換請求権を有し会社は之に応ずる義務があるから一般的に株式の名義書換を禁止する仮処分は訴訟上有効に存在しても内容上の効果を伴わない無効の決定というべきであるから会社は仮処分の存在することを理由に名義書換を拒否出来ない。況んや被告会社のいう仮処分決定は訴外林一夫よりの名義書換に応じてはならないという命令であつて原告に対しては何等効力を及ぼさないと主張するので按ずるに訴外太田栄一が被告会社を被申請人として「被告会社は本件株券について大阪市住吉区西住之江三丁目十六番地桜井啓司方林一夫よりの名義書換の手続に応じてはならない」旨の仮処分命令を大阪地方裁判所に申請し昭和三十四年五月八日同裁判所第一民事部から右同旨の仮処分決定を受けたことは答弁書添付の同決定正本写によつて認められるところ右決定の送達を受けた被告会社が原告から同年九月名義書換の請求を受け原告の住所が林一夫の住所と同一で肩書地の桜井啓司と同姓のところから前記仮処分を免れるため形式的に名義を変更して来たに過ぎないと察し仮処分決定のあることでもあり林一夫に対すると同様その権利関係の証明のないものとして書換を拒否したことは被告会社の立場として一応止むを得なかつたと考えられる。

然かし現行商法は株券の有価証券として流通性の大なることから譲渡、名義書換の簡便化を図り記名株券の占有者は株券の裏書(白地捺印のみにても)によつて譲渡を証明すれば適法の所持人と看做し名義の変更をなし得ることゝした反面右を以て会社はその義務を負うものとし、民事訴訟法第五百八十二条は記名株券の差押による名義書換手続を定め株券を有価証券の扱をする様になつたのであるから右の趣旨よりすれば会社を被申請人又は第三債務者として名義変更を一般的に禁止する仮処分を求めることは現行法上無意味且何等の効果を生じないという外なく従つて特定人に対し禁止した仮処分でも一旦その名義を異にして書換を請求せられゝば被告会社の仮処分決定の存在又は取消なきの故を以て書換を拒否出来ないと解するのを相当とする。

そうすると被告会社は既に林一夫から書換を求められた時に於てさえ拒否出来なかつたのであるから仮令その後林一夫からの書換に応じてはならない旨の仮処分があつたとしても当該命令の対象者でない原告から書換の要求のあつた場合原告と林一夫の住所が同一であると否かにかゝわりなく更に原告と林一夫間に売買があつたか何らか等は考慮する要なく形式的に裏書の有無のみを調査し名義書換を求める者が裏書又は譲渡を証する書面を所持する以上正当な所持人として名義書換に応じなければならないのである。要之に本件株券に訴外太田栄一の裏書の捺印があることは当事者間に争がないから被告は右により書換請求あらば之に応ずる義務があるのであつて被告は訴外太田の申出や仮処分決定を考慮する必要はないのである。

然らば原告の請求は正当であるから之を認容し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 小野沢龍雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例